天鵞絨(びろうど)と紺碧(こんぺき)

40代後半アラフィフ女性の日常記録。ブログ名は好きな色の名前から。ひっそり綴りたいので、リンクはお断りしております。

問題があるときほど冷静に

眺めが良くて、ランチがおいしいカフェへ。

子どもの習い事がきっかけで親しくなったママさんと。

 

印象に残ったこと。

ど〜しても、ど〜〜しても、

子どもがどうしたいか、よりも、自分(母)のこうしたほうがいいんじゃないか、

が優先され、子どもがそれを受け止めてしまう、ということ。

子どももそれがすっごく嫌なわけじゃない。なぜなら母が望むことだから。

母は子どもが自分の意図を組んでくれていることに気づかない。もしくは、それでよかったのか・・・と思いつつも、やっぱりよかったんだ、と思う理由を見つけて自分を納得させる。

 

子どもがSOSを出しているときほど、子どもの本心を尊重させてあげたいのだけど、

そういうときほど、親も必死になって「あなたのために」って思うから、子どもの本心が見えなくなる。

 

どうしたらいいのか。

だって、母だから。そして、子どもは母の想いが大事だから。

 

でも、母だから、冷静にならないといけない。

フラットであり、子どもを観察するしかない。

時には、その場で判断しなきゃいけないこともあるし、時には少し待って気を長くしておく必要もある。

 

難しいとか、簡単とかじゃなくて、

単に正解はないのだ。

 

それは、母も子も、人間だから。

 

あたかも、こうすればいい、ってなぜこうできないのか、って正解があるように伝えるモノがちまたにはあふれているけど、そう言ってる人だって人間。

100%じゃないでしょ。

結局は、どんなに専門家でも、言葉をうのみにしても行動するのは自分だから、うまくいかないことだって多々ある。

試行錯誤しかないし、意識的に冷静になるしかない。

 

そのママさんのほうが私より、目に見えた問題を抱えているけれど、

目に見えているかいないか、だけの差であって、

いつ私も目に見えるようになるか、可能性は一緒である。

 

だからときどき、お互いの意見交換をして、

気づきを与えあって、励ましあって、

目的は、親子とも楽しくいきるために、

お互いの人生を進めていきたい。

次への一歩

ただいま無職の私。

幸い、家族が会社員として稼いでくれているおかげで、

日々、楽しく暮らせている。

感謝。。。

 

んが、

自分の遊びや学びはできれば自分のお金でやりたいし、

生活費も少しはまかないたい。

 

ということで仕事したい。

 

お金だけじゃなくて、

自分が社会に居場所を作る、そしてどこかで誰かの役に立ちたい。

 

そこで、次の仕事への一歩を踏み出そうとしている。

昨日その職場の主(ぬし)さんと電話して、お会いする約束を取り付けた。

うまくいくといいなぁ。

これまで実務経験のないお仕事なので、もう少し勉強が必要かもしれないけど、

そしたら、勉強すればいいね。

 

希望としては、週2日、10時〜14時のアルバイト。3ヶ月更新らしいので、やりたいとおもえるところまでやりたい。

アルバイトしながら、もう一つ勉強して、仕事から学んだことと勉強から学んだことを結合して自分にどう活かせるかを考えて、また今後の仕事を選ぶ、という流れを作りたい。

 

試行錯誤のための一歩。

そんなことしてる年じゃない!と言われるかもしれないけど。

私のこれからの人生今が一番若いので。

やりたいと思ったことを、自分に正直にやっていく。

だって私の人生だもんね。

アドラー心理学講座

先月から、月一回、全6回のアドラー心理学を学ぶ講座に通っている。

 

初回、久しぶりの講義体験が新鮮で嬉しくて、とても楽しかった。

内容も興味深く、初回の様子で今後参加するか決めよう、と思っていたのを、全回参加することに決めた。

 

初回に出された宿題「嫌われる勇気」を読んでくること。

 

アドラーについては、一年ほど前に、少し気になって、「アドラー超入門」というムック本を購入して読んでみたのだが、どうもピンとこず、、、私の中に何も残らず、それきりになっていたので、宿題をこなせるか心配だった。

 

ところが、「嫌われる勇気」はどんどん読めた!

やや古めかしい言い回しも心地よく、昔のドラマを見ているような感覚。
(青年は若い頃の山本學、哲人は品川徹なんてどうでしょう。。。(ドラマ「白い巨塔」新旧ミックスww))

読後の感想については、また別記事にするとして、

講師の方が、アドラーに限らず様々な哲学心理学を学んでいらっしゃる方のため、講座の内容もアドラーをメインに、アドラーを理解するために他の哲学心理学者の理論も交えながら説明するという、スタイル。

 

とっかかりから、以前ちょっとだけ聞きかじった選択理論心理学でおなじみの図で説明されていたり、どうしたらアドラーの考え方を受け入れやすくなるか、を考えて講義されていた。

 

講義に参加されている方たちも熱心で真面目な方が多い印象。

参加者同士の話しあいの場も多いので、そういう時間も楽しい。

 

2回目の講義のキーワードは「目的論」かな。

ついつい「原因論」で考えてぐるぐると堕ちていきそうなときに、

「なぜその行動言動をしたのか?その目的は?」で考えるとまた新たな思考が生まれるのではないか。

実践で活かしたい。

 

あきの香奈

 

マンガ家「あきの香奈」。
中学〜高校の頃だろうか?小学だったかな?に愛読していた。

大好きだったのに、いつの間にか新刊がでなくなっていた。

とっても繊細な人たちの物語。せつなくて、優しい気持ちになる。

実家の持ち物を整理したときに、単行本(著書、ほぼ全部持っていた)を持って帰ってきた。そのまま放置してあったが、先日、久しぶりに読んでみたら。。。

 

泣ける。

短編が多く、短いお話なのにも関わらず、かなり序盤で泣ける。

もう、絵のタッチと、セリフとその状況で、ぐっときちゃう。

あぁ、やっぱり私の感性の根源に位置するところにあるんだなぁ、この人の作品は。

 

なんていうか、、、

繊細すぎるし、優しすぎるし、甘すぎるのかもしれない。

でも、これが私の本心が欲している人との関わり、なのかもしれない。

 

あきの香奈さんは、この作品から感じられる印象そのものの人柄なんじゃないだろうか。

だとすると、今の世の中を行きていくのは相当しんどいのではないかと思う。

犬丸りんさんが逝去されたことを知ったときにも同じことを思った。

リンクさせてしまうのはよくないことかもしれないけど。

おじゃる丸の優しさやユニークさも大好きだったから。

 

あきの香奈さん、

また新作出してほしい。

今、小学生の頃から生きづらさを感じてる子どもたちに、その繊細さと優しさを大事にして良いんだよ、というメッセージを伝えてほしい。


*  *  *  *  *

 

ブログを初めて1週間、早くもダレてきた!!

 

我ながら三日坊主すぎてびっくり!

 

誰も見てないから好きなこと書けば良いのに、

 

逆に、少しは見てもらえること書いた方が良いのかな?なんて

 

まったく必要のない色気がでてきてしまい、

 

めんどくなってる。。。アハハ。

 

たとえ誰にも見られなくても、今は続けることが目的。

 

書くことが目的。日々のアウトプットが目的。

 

ということで、ネタに困ったら、私の好きなモノを綴ろう、と思う。

 

困っているのに笑顔

ピラティス2回目。

 

いろいろとできなかったり、その動きのポイントが何なのかよくわからなかったり。

 

自分ができないなぁ、こうなのかなぁ?というときに、照れ隠しなのか、にやっとしてしまう自分がいる。

 

よくわからなくて困った時や、できないじゃん!ていうときに笑顔を作ってしまう癖がある。

 

あの人なんで笑ってるんだろう、「どうして笑ってるの?」て周りの人に言ってほしいのかな、と自分で思う。

 

そして、まだ2回目なのに、たった2回目なのに!早くできるようになりたい、と焦っている自分がいる。

 

できない自分が恥ずかしかったり、なんでできない?って軽く自分を責めてる。まだ2回目なのに!

いや、何回目であろうと、できないことは恥ずかしくないし、できないからダメ、てもんでもない。

 

早くできるほうが良い、すごい、ちゃんとできないとダメ、という自分に染み付いている価値観に気づく。

 

できなくてもいいし、全然恥ずかしいことじゃない、むしろあたりまえ。

 

目的は、自分の体に気持ちのいいことをする、ということ。ピラティスをできるようになることが最終目的ではない。

ピラティスの動きができるようになったら、嬉しいし、体が良い状態になったということかもね。でも、そこが私にとっての目的じゃない、ということ。

 

早くできるようにならなくていい、ちゃんとできなくてもいい。私のペースで。私が楽しいと感じる範囲で。

すべてにおいて、この意識改革をしたい。

続くご縁

仕事の関係でつながることができたご縁。

仕事を辞めたことで途切れてしまうかも、と思うと、連絡するのが怖かった。

仕事のつながりの不思議なご縁だったけど、

同い年で、

興味のある方向も近からず遠からず、でも重なる部分もあり、

一緒にいるのが心地よい人で、

気づいたら、

心の深い部分についても話しができる関係になっていた人。

 

でも私には、仕事から離れても続けていきたいご縁だったから、

思いきってメールを書いた。

 

これで最後になるかも、と思うと、涙がでてきて、、、

でも、仕事を辞めたこと、その後の自分の行動も否定はしたくなかったから、

もしそのご縁が切れたとしても、それはそれ、

私が前をむくために、必要なことなのだろう、と覚悟した。

 

そしたら、しばらくして、というかすぐにお返事をくれて。

縁は切れなかった。

それどころか、今、人生の同じようなポイントに来ていて、

環境も選択肢も、全然違うんだけど、

判断の基準とする思いは共通していることがわかり、

『同士』
という想いがわいた。

 

ありがたい存在だなぁ。

大人になってから、こんなご縁があるんだな。

 

やっぱり私の人生、というか、私ってば、捨てたもんじゃない。

こんな私だから、あんな素敵な人とご縁がつながるんだ。

そう思えた。

「それって必要?」

筆子『それって必要?』を読んだ。

前半部分は、前職を辞める頃で、やや病んでいた頃だったせいか、

正直ほとんど頭に残ってない。

 

最後のほう、

自分がほんとうにほしいものを探す、

それは外的な刺激ではなく、答えは自分の中にある。

 

ほんとうにほしいものを見つけるためには、ふだん考えるのを避けていることに向き合う必要があるかもしれない。ほんとうにほしいものは、劣等感の中にあるかもしれない。

 

夢をみたり、希望をいだく練習をしよう。

 

でも、

やりたくないなら、無理にやらなくてもいい。

 

自分のほしいものが見つからないときは、人を幸せにすることを考えてもいい。

どうしたら自分を社会に活かせるか、と考えたとき、毎日がもっと楽しくなる。

 

そうだなぁ。

そうなんだろうなぁ。じわーっときてるかも。

仕事をしているときは、そういうことを考える余裕がなかった。

人からOKにしてもらうにはどうしたらいいか、ばかりに意識がいっていたんだな・・・

そのときは気づけなかったけど。

今は気づけるようになったから。

意識を自分に向けよう。

 

あまりに前半を覚えていないので、もう一度読もう(^^;